佐藤隆介著『鬼平先生流 旅の拘り、男の心得』より
講談社 2000年2月26日 発行
子供の頃から風呂は長湯で、一度入ったらまず一時間は出て来ない。 ことに温泉ではそうなる。 長いつき合いでいまや親戚同然になっている唐津の旅館「洋々閣」などは、私が風呂へ入ったと知ると女将がこっそり様子を確かめに来る。 ここは温泉ではないが麦飯石とかいうものの効用で湯の肌ざわりよろしく、明るくて清潔な大風呂は温泉なみの気分だから、ついつい長風呂になる。 あまり長いので女将が心配して見に来るのである。
一時間も風呂で何をしているのかといえば、何をしているのでもない。 ただぼんやりしている。 身体が冷えてきたら湯槽(ゆぶね)に入る。 温まったら上がって、窓から外を見ている。 窓が開けられる場合は全部開け放ってしまい、ほてった身体に風を浴びている。 これは真冬でもそうだ。 それだけのことが何ともいえず心地よい。

佐藤隆介
1936年東京生まれ。 東京大学卒業後、広告代理店のコピ-ライターを経て、故池波正太郎の書生をつとめる。 現在、亡師ゆずりの粋と洗練を伝える数少ない文筆家として、広告や雑誌で活躍。 食と酒、焼き物に造詣が深い。 編著に「梅安料理ごよみ」(講談社文庫)、
著書に「うまいもの職人帖」(文芸春秋)、「鬼平先生流 男の作法、大人の嗜み」(講談社)等がある。
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*女将が男湯をのぞくのは、特別限定サービスです。(無料)
対象は、一人でお風呂に入られる80歳以上のかた、または5歳以下のかた。
および、制止を振り切って千鳥足で入られる酔っ払い様。入られて15分以上物音がしないと、のぞきます。
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