#183
平成27年6月


スコットランドの花・あざみ
このページは女将が毎月更新して唐津のおみやげ話や
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あざみの風
「薊咲く岬の風は紫に」保利純子

―スコットランド便り―


 6月の野に、あざみが咲き誇り、うっかり草むらに分け入ると、あっ、イタ!という目にあいます。私の先輩であざみが一番好きな方の句に「薊咲く岬の風は紫に」というのがあります。この岬は唐津市の郊外の岬でしょうが、きっとスコットランドも今頃はパープルの風が吹いているのではないでしょうか。あざみはスコットランドの花だそうです。

 私の高校同級生の松本紀子さんは、イギリスで結婚されて、現在スコットランドのダルゲティ・ベイにお住まいです。先日お里帰りで唐津に来られた時にスコットランドのお話しを聞きました。書いてほしいとお願いしまして、原稿を頂きました。
ご一緒にあざみの風に吹かれてみませんか。

 
 わが町わが街  ダルゲティ・ベイ
海に臨み「風の吹く野原」の新興住宅街
マクタビッシュ紀子


           わが町、ダルゲティ・ベイ(Dalgety Bay)は、エジンバラ市からバスでフォース橋を渡り、約40分、スコットランド南東部のファイフ州(昔のファイフ王国)に属しています。また中世紀のスコットランドの首都ダンファームリン市からはバスで南へ三十分、なだらかな傾斜を約四マイルの範囲にわたるフォース川河口の町です。沿岸の散歩道には、アザミやサクラ草がそこはかとなく咲き、ほのかな潮風に吹かれながらのそぞろ歩きは心を軽やかにします。
 
 沿岸の散歩道

 ダルゲティ・ベイは1950年までモーレイ伯爵の私有地で、第一・二次大戦中は、RAB(ロイヤル・エア・ベース)があり、飛行機の修理場として使用されました。1960年にモーレイ家が民間企業と手を組み住宅土地開発会社を設立、新住宅の建築に着手。エジンバラに近く、交通の便が良いので1969年の人口500人から何と現在の二万人へと増加、町は最初の計画より大きくなっていると、親切な隣人マーシャル氏が話してくれました。彼は1980年代に評議委員として町づくりに貢献した人です。

 海が目の前にあることから1970年代にはヨットクラブが設置され、
 
  ヨットクラブ
 
大人から子供まで利用でき、またセイリング・レースの研修も行われています。小雪のちらつく日でも若者達は風さえあればセイリングをしています。スポーツクラブ、社交クラブ、アートクラブなどは会員制で、会費と地方自治体の助成金で賄われています。ボランティア活動も教会(パリッシュ)を中心に、身体障害児や精神障害者と遊ぶ会や、老人の昼食会など、毎週様々な行事が行われています。
 マーシャル夫人も老人昼食会のお手伝いを毎週一回しておられます。私はアートクラブに属して土地の方々とも顔見知りになってきています。

 ダルゲティ・ベイの住民は半分以上がスコティッシュで、その他はウエリッシュ、イングリッシュ、大陸系、エスニックの住民で占められています。
 気候は西海岸に比べると雨が少なく、空気がドライなので、退職年金生活者も各地方から移住してきています。
 
 馬や馬車を保管した建物。ステイブル・ブロック。

 「ダルゲティ」は古いケルト語で”風の吹く野原”という意味だそうで、実際、風が吹くとビュンビュンと町が唸ります。

 住宅は5社ほどの建築会社のデザインで、住みやすく考慮されている様です。エジンバラからダルゲティ・ベイ経由の急行バスは、有名なゴルフ場、セント・アンドリュース行きです。

 1964年に自動車道路の橋がフォース川にかかり、百年前に完成した荘厳な鉄橋と肩を並べている様子は、英国の架設工学の栄光を物語っているようです。このビクトリア時代の鉄橋架設工事に、日本から初の派遣研修技師、渡邊嘉一氏が招待参加されていました。

 教科書で学んだ国富論の著者、アダム・スミスはカコオディ市出身、アメリカの製鉄王、カーネギーはダンファームリン市で誕生しています。町は今日でもカーネギーの恩恵と信条が息づいています。

 スコットランドの文明発祥地として、また歴史の灯火、ファイフ王国を背にダルゲティ・ベイは心地良い、新興住宅地の魅力をたっぷり見せています。


 


 
 
 紀子さんありがとうございました。
皆さん、 いかがでしたか?まだ見ぬ土地への憧れは私たちを夢見る乙女に戻しますね。たとえ70歳を過ぎていても、年なんか関係なく、オトメですよ。
 スコットランド!
 「アニーローリー」、「蛍の光」、「故郷の空」もみなスコットランドの歌です。スコットランドを知らないこどものときから大好きだったこれらのメロディー。日本人の心情にはよく合いますよね。特にアニーローリーのメロディーで紫式部と清少納言を歌った「才女」という歌は、私の母の愛唱歌でした。古い話です。御存知のかたも少ないでしょう。ませた小学生だった私は、中宮定子の「香蘆峰の雪いかならむ」との問いに白居易の詩をふまえてさっと立ちあがってすだれを巻き上げたという清少納言の才知にいたく感心して、紫式部より清少納言になりたいと言って母を噴き出させたものでした。60年も昔のある日の思い出です。

才女 (日本語詞:里見義)
 かきながせる  筆のあやに    
 そめしむらさき  世々あせず     
 ゆかりのいろ  ことばのはな    
 たぐいもあらじ  そのいさお     
 まきあげたる  小簾(おす)のひまに
 君のこころも  しら雪や
 蘆山(ろざん)の峯  遺愛のかね
 めにみるごとき  その風情
 
 ほかにも、『宝島』や『ピーターパン』もスコットランドの作家です。
 あ、思い出した、もうひとつすきな歌、「ロッホ・ローモンド」。ロッホは湖を意味します。そういえば、忘れてはいけないロッホ・ネスのネッシー君! あいたい!!!  いつの日にか、あざみとさくら草の咲くスコットランドを訪ねる日が来るといいのだけれど・・・・・。


    では皆様、また来月お会いしましょう。                   
 



 
ありがとうございました。また来月お越しください。
 
                            洋々閣 女将  大河内はるみ